気持ちいい古墳!? 百足塚古墳のここがスゴい!

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「新富町は〇〇のまち」

この〇〇の部分には「農業」や「人が魅力」、「神楽」など様々な単語が思い浮かぶと思うが、今回ははこう言わせていただきたい。新富町は《古墳》のまちだ。

今これを読んだ瞬間、興味を失ったとしてもぜひ読み続けてほしい。新富町の古墳は「気持ち良い」ということを知ってほしい。
わたしも旅行でどこか行こうと思ったとき、「古墳」という選択肢は入ってこない。しかし今回、国指定史跡・新田原古墳群のひとつである《百足塚(むかでづか)古墳》に行って、「古墳って、意外と良いじゃん?」と考えを改めたのだ。

百足塚古墳から出た「チラ見せ」埴輪

新田原古墳群は、平野や盆地の中でまわりよりも一段と高い台状の地域、つまり「台地」の上にある。大小さまざまな古墳がみられ、新富町と隣の西都市にかけて総数207基にもなる古墳群だ。素人がみたら「小高い丘」と思っていたものも、「いやそれも古墳」というくらい、そこかしこにある。

「新富町は江戸時代、高鍋藩と佐土原藩の藩境だったんです。つまり、藩の端っこ。城などはもちろんなく、江戸時代のものはほとんど出てきません。ただ、歴史の古いものがたくさん出てきていて、そのひとつが百足塚古墳の《人物埴輪》です。「人のカタチ」にここまで復元できた埴輪が初めて出たのは、百足塚古墳なんですよ」

と新富町教育委員会 生涯学習課の有馬義人さんが笑顔で教えてくれた。
百足塚古墳とは、新田原古墳群にある古墳のひとつで、墳長約80mの前方後円墳のこと。すぐ近くに、いくつもの古墳が点在する。
そこから出た埴輪でもっとも有名だというのが「踊る女性」と呼ばれるもの。なんと全国から貸し出しの要請がある人気者で、江戸東京博物館にも展示されたことがあるという。

「古事記の中に、天岩戸に天照大御神が隠れちゃって、そこから出てきてもらうために外で様々なことをするという話があるでしょう。その中のひとつに、女性の神が神憑りをし、踊りながら衣服をめくってみせたというものがあって、それを模したのではないかと言われています」

埴輪をよくみると、たしかに手首をそらせて、スカートのような衣服をめくっている。埴輪ひとつに物語があるなんて、面白い。百足塚古墳にはほかにも、家や動物などを模した埴輪も出土されているという。しかし、なぜここに、きれいな埴輪がたくさん残っていたのだろうか。

「開発行為があまり進んでなかったというのも、あるかもしれませんね。このあたりは、江戸時代は《新田牧》といわれて、佐土原藩の軍用場が何百頭も放牧されていたそうです。台地なので、水もあまり供給できなくて、畑地としてもあまり使われなかった。そもそもこんな大きな古墳があるから、人の手が入らなかったというのもあると思いますが」

古墳からみる古墳の景色

話しながら、有馬さんが百足塚古墳の奥にある古墳へ向かい、のぼり始めた。なかなかな急斜面をのぼっていく。古墳って上ってもいいんですね…

「古墳って人のお墓なので、地元のひとはなかなか登らないですが、ここは高さ90mあるので上から見るとこのあたりの古墳が見えるんです。キレイなのでぜひ見て欲しいですね」

そういいながら、有馬さんは一歩一歩あがっていく。「ちょっとお邪魔します」という、気持ちをもってわたしも進んでいく。そして、息切れしながらもどうにかてっぺんにつくと、一気に視界が開けた。風がどんどん抜けていき、いくつもの緑に包まれた古墳が見えた。

「ここからはちょっと見えづらいんですけど、直線で3キロくらい先に西都原古墳があります。こんなせまい地域にこんなに古墳があるのは珍しいことなんですよ。宮崎市にある生目古墳群と西都原古墳群、そしてうちの新田原古墳群で日本遺産を目指しています。うまくいけば4月には通るかもしれないので、そうしたらもっとPRしていこうと思っています」

その時代、その地域をまとめた「首長」が埋葬されているという前方後円墳。つくられた土地には何かパワーが宿っているのかも…と思うほど、「気持ち良い」空気が漂う。この気持ちよさ、ぜひ体感してほしい。

一般財団法人こゆ地域づくり推進機構

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